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米海軍は統合RFシステムの夢を見るか?

 現代の戦場の大きな基盤である電磁波領域は当然ながら各国で重要な競争の対象となり、電磁波を利用し、また敵の利用を阻害する技術が長く研究されています。現在まで発展著しいレーダーも電波通信も電磁波を利用するもので、新しい艦艇には目新しい装置が搭載され、既存の艦には追加装備されている例が多くあります。例えば、米海軍で1980年代までを担ったCharles F. Adamsミサイル駆逐艦と1990年代から現在まで主力となっているArleigh Burke級ミサイル駆逐艦を比較すると、アンテナ数は86%増加していると言います[1](もっとも、全長×全幅で雑に甲板面積を比較すると、これも6割ほどの増加)。同様に90年代と現在のバーク級を比較すると、90年代はすっきりしていたブリッジ上が衛星通信アンテナに埋め尽くされている点が特に目立つでしょうか。

 アンテナの増加は装備品すなわち能力の充実の結果である一方で、それによってデメリットが生じる場合があります。アンテナが近接することによる干渉、アンテナ数の増加によるシグネチャ(RF, IR)の増大、整備所用の増大等がまず挙がることでしょう。米海軍はこれらの問題に、1990年代からかれこれ20年以上取り組んできました。今回はこれらの現在の開発プログラムに繋がる取り組みのうち、いくつかを概観します。

 

RFシステムを統合する: AMRFC

 電磁波を利用するレーダー、電波通信、そして電子戦装置を単一のアンテナと処理装置によって運用するというコンセプトは、90年代には具体性をもって検討が進みました。これらを別々の装置として開発されてきていたわけですが、それぞれの機能を単一の装置に組み込むのは一筋縄ではいきません。ここで求められたのは、電子戦支援(ES)装置として対艦ミサイルの電波シーカーの放射を警戒し、捜索レーダーとしてパルスを発しながら、通信や電子攻撃(EA)のために連続波(CW)を発することのできる単一のシステムでした。

 90年代からのコンポーネント開発は『先進多機能RFコンセプト (AMRFC: Advanced Multifunction RF Concept)』としてひとつに纏まり、一通りの試験がなされたのは2001年のことでした[2]

 AMRFCはレーダー・通信・電子戦(EW)機能を統合したシステムの実証を目的としたプロトタイプです。テストベッドは米メリーランド州のチェサピーク湾西岸にある試験施設(NRL Chesapeak Bay Detachment (CBD))に設置されました(図1)。6-18 GHz (C-Ku帯)を使用し、送受信でそれぞれ1つづつ別々のアレイアンテナを有しています[1]

図1 AMRFCテストベッド[3]

 送信アンテナは256素子のサブアレイ4つからなる1024素子のアレイアンテナであり、サブアレイ毎に割り振ることで4つまで同時にビーム形成が可能です。これらにそれぞれEA・通信・レーダー信号を4つまで割り振ることができ、時分割するとEA信号を8つまで出力することができるといいます。

 受信アンテナは6-18 GHzの周波数範囲内で動作し、128素子のサブアレイを3×3に配置した1152素子と、ESに用いる9素子の電波干渉計からなります。

 EW機能は対艦ミサイルのシーカーの妨害等が想定されており、他の機能と並行したESとEAによる交戦が試験で実証されました。通信機能は見通し線内通信のためのX/Ku帯CDL/TCDLとX帯のDSCS衛星通信、Ku帯の商用衛星通信をサポートしています。電波の発信に関する制限のためにテストベッドでは完全な性能を実証するには至っていませんが、いずれのリンクに関してもアレイの動作については実証されたようです。また送信サブアレイ1つと受信1チャンネルを使用してFMCWレーダーとして機能し、水上目標の探知に用いられます。

 AMRFCの開発で広帯域・多機能に対応するハードウェアの開発と並んで重要であったのが、リソースを各機能に適切に割り振る機能を担うRAM (Resource Allocaation Manager)です。単一のアンテナシステムで多機能を担うため、オペレータの入力から生じる各機能へのリソースの要求の競合を整理する必要があります。AMRFCで開発されたRAMは後続の多機能アンテナシステムの基盤となりました。

 AMRFCは先述のNRL CBDにおける試験の他に、送信アレイだけを実験船に搭載して海上試験も行っています。退役した元砲艇USS Douglas (PG 100)を改造したR/V Laurenにアレイを搭載し、NP-3Dを模擬標的としてEAおよび通信試験を行ったようです[4]

図2 EAアレイ(左)とR/V Laurenへの搭載風景(右)[4]

 同時期(1990-2000年代)にはSLQ-32を代替する電子戦装置としてAN/SLY-2 AIEWS (Advanced Integrated Electronic Warfare System)の開発が行われました。AIEWSはIncrement 1と2に分けられており、Inc. 1ではESに限り、Inc. 2でEA機能を追加する計画でした。二次元アレイアンテナを使用して探知精度と更新レートを向上させ、艦の戦闘システムと高度に統合される計画だったようです。AMRFCとAIEWSはともにGaAs MMICの使用が予定されており[1], [5]、技術的な類似性が見られます。

 

AMRFC Version 2/MFEW

 技術開発において一定の(というよりかなりの)成功を収めたAMRFCでしたが、そのまま実戦配備された艦艇へ搭載とはいきませんでした。しかしAMRFCで示された指針と技術は装備品の開発に活かされることになります。これまでのAMRFCをversion 1として、さらにversion 2 (またはMFEW: Multifunction EW)の開発がなされることが2004年に決定され、FY2005にプログラムが開始されました。これはSLQ-32 SEWIPと、当時DD(X)だったズムウォルト級の電子戦装置への技術移行を目的に行われました[6]。なお、SLQ-32は装備化されてから当時既に30年となり、先述のAIEWSの中止もあり新たな脅威に対処するための改良プログラムSEWIP (Surface Electronic Warfare Improvement Program)が始まりました。

 MFEWはAMRFC V1で開発したRAMに連接されて機能するように設計されているほか、SEWIPへの展開を目的としていることから、既に開発されていたSEWIP Block 1 ESEとして開発されていた処理装置とインターフェースを組み込んでいたと言います[6]

 開発された『先進開発モデル(ADM: Advanced Development Model)』はコンテナベースの筐体で、2007年10月に納入されました。納入後はNRL CBDにてAMRFC V1の上に置かれたり、同地にある船舶の揺動を模した運動をするシミュレータに乗せたりして試験が行われました。その後2008年夏にはUSS Comstock (LSD 45)に搭載され、RIMPAC 08に参加し、TAPA II (Technical Cooperation Program Anti-ship Missile Project Arrangement)でも試験を行ったようです。MFEWで開発された技術はSEWIP Block 2として現在米海軍の水上戦闘艦の多くにバックフィットされつつあります。

図3 NRL CBDの揺動シミュレータに乗せられたMFEW ADMと、AMRFC V1上のMFEW ADM (左下)[6]

図4 SEWIP Block 2で更新された、SLQ-32(V)6のアンテナ[7]

 ところでズムウォルト級の日本語wikipediaを読んだことはあるでしょうか?2023年7月現在は電子戦について

従来のAN/SLQ-32に替えて、米ノースロップ・グラマン社が開発中のMFEW(Multi Function Electronic Warfare)システムを搭載する計画である。

とあります[8]。MFEWとは何ぞやと思われていた方も多いかもしれませんが、このMFEWです。ちなみに2019年版のDOTE年報では、AN/SLQ-32B(V)6搭載とされています[9]

 

InTop INPとEW/IO/Comm ADM

 MFEWの成果が出てきた2008年、InTop (Integrated Topside)として、これまでの単機能の艦載RFシステムを多数搭載するアプローチではなく、多機能RFシステムを艦艇に搭載するための技術開発を行うプログラムが始まりました。これはINP (Innovative Naval Prototype)という、まだ明確に示されていないものの、部隊からの要求が見込まれる革新的なプロトタイプ開発を目標とした枠組みです。InTop INPでは具体的なプロトタイプとして複数のADMを開発しました。このプロトタイプのひとつがEW/IO/Comm ADMです。

図5 InTop INP[10]

 EW/IO/Comm ADMは名前の通り電子戦・情報作戦・見通し線内通信機能を有する多機能RFシステムであり、同時にSEWIP Block 3のための技術評価を行うプロトタイプです[11]。設計は2010年に開始され、遅くとも2014年7月までにはシナリオベースの試験が行われていたようです。ADMはCBDに設置され、AMRFC V1およびV2 (MFEW)と統合して運用されます。

図6 NRL CBDに設置されたEW/IO/Comm ADM (左)、MFEW (右上)、AMRFC V1 (右下) [12]

 送信と受信のアンテナは分かれており、それぞれ2つ計4つのアンテナを1面(1面で90°を担当)に有しC帯からミリ波帯で動作します。AMRFC V1が6-18 GHz すなわちC-Ku帯であったことを考慮すると、特に高周波側に対応周波数を拡張した形になります。これは同時期の米海軍の電子戦装置開発の技術動向に一致します。米海軍はEA能力を付与するSEWIP Block 3の配備が想定される敵の技術開発に遅れる懸念から、主に第7艦隊向けにTEWM (Transportable EW Module)としてAN/SLQ-59を開発しました。これについて中国のYJ-18等の対艦ミサイルのミリ波シーカーに対処するもの、という言及が見られます[13]

 これらの点から、EW/IO/Comm ADMおよびSEWIP Block 3は航空機搭載レーダーとして実績のあるX帯から対艦ミサイルのシーカーとして実績のあるX~K帯、近年利用が進みつつあるより短波長のミリ波帯までの電子戦装置を更新するに至りました。

図7 USS Pinckney (DDG 91)で進められているSLQ-32(V)7 SEWIP Block 3搭載作業[14]

 

InTopのその後

 InTop INPはFY2015でいったん終了(完了しなかった分は一部翌年度に持ち越し)となり、これらの成果は新たにEMC2 INPに引き継がれました。図5のIO/Comm/EWはInTopではADM開発は行われませんでしたが、EMC2でLowRIDRという名前で開発が行われました。LowRIDRはEW/IO/Comm ADMと対になるような、HF~C帯の多機能RFシステムです[15]。これもまたInTopで開発されたRAMを基盤として電子戦・情報作戦・通信・レーダー機能を最適化して利用することを目標としています。

 これらの一連の研究で開発されたADMは、図6でも見て取れるようにNRL CBDにて非常に密接して配置されています。Google Mapの航空写真でも見られるので、撮影日を遡りながら見てみると面白いですよ。

 

 

 

参照

[1] G. C. Tavik et. al. The advanced multifunction RF concept, IEEE Trans. Microw. Theory Tech. Mar. 2005, 53(3) 1009-1020 https://doi.org/10.1109/TMTT.2005.843485.

[2] FY2003 RDT&E, Navy BA 3, Feb. 2002, https://www.secnav.navy.mil/fmc/fmb/Pages/Fiscal-Year-2003.aspx.

[3] 2010 NRL Review, 44 https://www.nrl.navy.mil/News-Media/Publications/nrl-review/.

[4] D.C. Wu et al. At-Sea Test of a Multifunction Transmitter on R/V Lauren, 2000 NRL Review, 115-116, https://www.nrl.navy.mil/News-Media/Publications/nrl-review/.

[5] R. C. Kochanski and B. A. Bredland, Use of AN/SLQ-32A(V) Electronic Support Data for ASCM Engagement and Situational Awareness, Johns Hopkins APL Tech. Dig. 2001, 22(4), 583-587, https://secwww.jhuapl.edu/techdigest/Home/Detail?Journal=J&VolumeID=22&IssueID=4.

[6] G. C. Tavik, N. M. Thomas, III, The Multifunction Electronic Warfare (MFEW) Advanced Development Model, 2009 NRL Review, 157-159, https://www.nrl.navy.mil/News-Media/Publications/nrl-review/.

[7] US Navy, VIRIN: 221003-N-HV010-1190.

[8] ズムウォルト級ミサイル駆逐艦 - Wikipedia.

[9] Ship Self Defense for DDG 1000, Director Operational Test and Evaluations FY 2019 Annual Report, https://www.dote.osd.mil/Annual-Reports/2019-Annual-Report/.

[10] Larry Schuette, Director of Innovation, ONR, “ONR Technology Strategy: Today and Tommorow for PEO-IWS”, https://ndiastorage.blob.core.usgovcloudapi.net/ndia/2011/PEO/Schuette.pdf.

[11] DoD Notice of Intent to Sole Source, N0017317RLL01, 2017, https://sam.gov/opp/11cf0d1645fcfc75de11b7707cc2376b/view.

[12] 2017 NRL Review, 32, https://www.nrl.navy.mil/News-Media/Publications/nrl-review/.

[13] H. Kimura, A2/AD環境におけるサイバー電磁戦の最新動向(後編), 月刊JADI, Jul. 2016, https://e-nsr.com/publications10.html.

[14] USS Pinckney Facebook, https://www.facebook.com/profile.php?id=100064789593685.

[15] DoD Electromagnetic Maneuver Warfare Command & Control (EMC2) Low-band Radio Frequency Intelligent Distribution Resource (LowRIDR), N00014-16-R-RFI4, 2016, https://sam.gov/opp/31cdcdf4a9e63797da257b10721451cd/view.